通院帰りにアニメイト覗いてみたんですよ……。
あの、これ、5周年祝画アクスタ、存在自体知らなかったんですけど思いっきり相手を意識した状態で向かい合う絵柄なのありがとうございますありがとうございます絶対偶然だけど偶然だからこそ有難みが天元突破するわけで!!!
虚伝の紅白戦も再現できるじゃん!!!
燭台切まじ向かって左側の男……(五体投地)
ピンズも揃えて買ってしまったんですが燭台切の『ピンズセットH』の表記がじわじわくる。
やっぱり修行前の立ち絵の方が……好きだな……。
燭台切の足音重そうながっしりした脚がすごい好きなんですけど、極めると編み上げブーツになるせいか線が細くなった印象があって、体に対して頭部が大きめだからか顔も極の方が幼く見えるんですよね……(個人の感想です)
数ある公式の燭台切イラストの中では徳川ミュージアムとのコラボ5周年記念絵がダントツで好きです。
腰が太くて服の中に筋肉がみっしり詰まってそうで叩いたら米袋か土嚢みたいな音しそうな胴体が本当に最高……(ちからいっぱい褒めています)
うちの父は季節の花を見るのが好きでよく出掛けるんですけど、藤棚は見た事ないから行きたいと前々から言ってて。
ほぼほぼ満開な感じ。
経過観察で造影剤CT撮られに来たんですけど、事前の血液検査が別件で引っかかって来週また来てと言われたので、他院も含めたら今月の通院が4回になってしまった…………ここ遠いんだよめんどくさいよおぉぉヾ(:3ノシヾ)ノシ
リア友とボドゲカフェ。
店長が仮面ライダー電王好きらしくて、リア友も私も電王にハマってた事があるので嬉々として注文した。
このドリンクは名称がリュウタロスとウラタロスである。笑
箱根奥社がある山頂より。
目の前の海と、その上にかかっている雲の間から陽が覗いている。
一緒に来た父は手前のスピーカーがすごく邪魔だと言っていたけど、これはこれで趣があって私は好き。
ティラミスです。
ぶっちゃけ今まではコーヒーの染みたべしゃべしゃしたスポンジが苦手で、粉も口の中に張り付く感じが噎せ込みそうでティラミスってあんまり好きじゃなかったんですけど、牧場までわざわざ食べに来たこのティラミスはめちゃくちゃ美味しかった。
やっぱり食べ物への苦手意識って経験値に左右されるね……。
この花、至る所で見かけてすごく好きなんだけど名前がわからなくて。
皇帝ダリア、俗に木立(キダチ/コダチ)ダリアというらしい。
なんか前にも調べた気はしてて、もしやとこのブログ辿ったら2020年の11月にも別の株だけど撮ってたし名前も書いてた。
2年に1度はこの花を「好きだなあ」と再認識してるのか私は。忘れているのに惚れ直している。
今度こそ忘れないぞ。
開店時間(10時)に届く公平っぷり。箱デカいな!?
アートブック目当てにポケセン通販で注文してたんですけど3種ランダムな配送箱がこの子で始めようと思ってたクワッスなの運命では???
血液検査だの内診だのと看護相談以外にも待ち時間があったので、ぜんぶ終わったのはそれこそ外来自体が終わる17時でした。
今回の手術で摘出した臓器の、癌の進行度というか侵蝕率というかの結果は、14/29。
これが、発覚や手術する決断が遅かったりして15/29になっていたら、あと1、進んでいたら、手術後も抗がん剤治療をやっていく事になっていたそうです。
つまり私はギリギリで抗がん剤を免れたと、本当に本当のギリギリで間に合った≠フだと、医師から笑顔で言われました。
そんなに何度も言うほどギリギリだったなら何か悪影響があるんじゃと訊ねたら、全摘手術によって癌そのものが身体から取り除けたと考えて良いのだそうです。
少しでも残していたらアウトだったからやはり残せなかった、手術に対する決断が早くて良かったとまで言われた。まあ癌が見付かったのって7月なので3ヶ月はあったわけだけど……。
癌は悪性ではあったけれどタイプとしてはいちばんおとなしく、転移や再発のリスクが低いため抗がん剤は必要なく、血液検査の結果も良好、次回の受診は1ヶ月後……つまり総じて経過観察でよい、との診断を頂けた。
主題が手術の傷の経過にシフトしたので傷も痛いけど傷じゃない部分がやっぱり痛むと伝えたら、身体の中を切ったり縫ったり弄っているから人によっては2〜3ヶ月くらい続くかもしれないと言われてげんなりした。そんなに痛いのいやだなあ……。
痛み止めを飲んでいるか訊かれたのでちゃんと間隔を6時間以上あけて数も守ってるのを伝えたのに、「ものすごく胃に穴が開きそうな、かなり胃が荒れる飲み方をしてる」と言われて処方薬に胃薬が増やされた。解せぬ。
もともと入院中から痛み止めが2種類出ているんですが、強い方の後に弱い方を挟む間もなく6時間以上経ってるからと強い方だけ飲んだりしてたのを、医師としては弱い方に移行していきたいらしい。そんなに強い薬だったのか……。
看護相談は看護師さんが入院中に担当してくれた人のひとりだったので、今更気持ちやら事情やらその後の心境やらを入院前の看護相談の時みたいに掘り返される事もなく、リンパ浮腫や感染予防の話だけで済んだのでほっとした。
でも、今回の診断を受けて、入院前から感じていた事はきっとその通りなのかもしれないと思った。
私が自分に対して生きててもいい理由にしていた免罪符だけが、それだけが、ほんとうにきれいに、きれいに、尾も引かずにそれだけが全て失われたのが、お前には、お前の人生にはもうコレは要らないって、取り上げられたみたいで。
まるでその免罪符そのものが癌だったみたいで。
だって失う事が決まった時、真っ先に、ああ、生きておく意味がなくなっちゃったな、ただでさえ出来損ないなのに本当にゴミになっちゃうんだなって思って。自分のために生きるだとか生き方や幸せはひとつじゃないだとか、人に対してはいくらでも同意できて納得できて背中を押せることが自分に対しては全然ピンとこなくて適用外で、自分で自覚してた以上に私は私が要らなかったんだなあって思って。育ててくれた父に消費させた人生を無駄にしない事だけが次に命を繋いで報いる事だけが私が自分に与えることのできた唯一の生きてていい理由だったのに。
だから、今回の件は、まるでその人生観を矯正されたみたいで。
お前はその免罪符を抱えている限りその生き方しか出来ないのなら、じゃあもうその『言い訳』はお前がお前の人生を生きるのには不要だ、って、強制的に剥奪されたように思えてしかたないんですよね。
癌と化して、まるごと摘出したらそれだけで終わりになったのが、本当に、ピンポイントすぎて。
まるで私の人生から取り除くためだけに癌化したみたいに思えて、いっそ笑えてしまう。こんな暴力的な方法で矯正しなくてもいいじゃない、神様。
病院の自動ドアに書かれた『出口』の文字が、いやに心に沁みた。
院内スタバです。今回は脱走患者まがいじゃなく。
2週間ぶりに来て、なんか、自分の中でいろんな事がちゃんと過去になってるんだなと思った。
いま診察前の看護相談待ち中なんですけど、精神科医にも防衛壁だろうと言われてるような深く考えられなくなってる所に触れてこられるのかもしれないと思うとちょっと気が重い。たぶん私ものすごく他人事みたいにしか自分に対する見解を喋れないし。
今日はダメになっちゃった臓器の検査結果によって今後の治療方針を決めていくと聞かされている。また面倒な事が出て来ちゃったりしないといいな。